俳優イム・チェムが京畿道楊州市(キョンギ道ヤンジュ市)で運営中の遊園地「ドゥリランド」扉を、発達障害者に開放した。子どもたちのために作ったこの場所で、発達障害者にも周囲を気にせず、安心して遊びや余暇を楽しんでもらうためだ。

発達障害の人4人を招待…ダウン福祉館との業務提携も
今月19日に韓国で放送されたJTBCの『ニュースルーム』の「密着カメラ」コーナーでは、発達障害の人4人がドゥリランドを訪れ、バンパーカーやメリーゴーランドなどのアトラクションを楽しむ姿が映っていた。彼らの中には、生まれて初めて遊園地を訪れた人もいた。
発達障害の人は、遊具利用過程で発生する可能性のある安全問題や、他の利用者の視線などが気になり、遊園地の訪問をためらう場合がある。この日、ドゥリランドを訪れた発達障害の人たちも似たような困難を抱えていた。
イム・チェムが発達障害の人と縁を結んだのは最近のことである。「偶然、彼らに出会って以来、僕自身も発達障害について正しく知らなかったという事実に気づいた」と語った。
彼は「彼らに会う前まではダウン症候群の子供たちと、自閉スペクトラム症の子供たちを区別できなかった」とし、「直接会ってみると、もっと純粋で無邪気だった。この子たちだって何でもできるし、心から楽しむことができるのに、僕たちが偏見の目で見てしまっていた」と打ち明けた。
ドゥリランドは先月6日に「ダウン福祉館」と業務提携を結んだ。イム・チェムは福祉館の公式広報大使にも任命された。提携以降、発達障害の人が必要な時にドゥリランドを訪れてアトラクションを利用できるようにしたものである。
ドゥリランドは子供の利用客が多く、保護者を除いた成人利用者がほとんどいない遊園地である。番組でも発達障害の人が子供たちと同じ空間でアトラクションに乗り、自然に溶け込む姿が公開された。
イム・チェムは提携当時「ドゥリランドが子供たちに夢と幻想を与える空間であったなら、今後は発達障害の人にも希望を伝える複合文化空間にしたい」とし、「障害の有無に関係なく、皆が一緒に笑える社会を作るために小さな力でも添えたい」と述べた。
8,000ウォンがなくて引き返した家族…「入場料を廃止」
ドゥリランドは1990年に京畿道楊州市に開園した。イム・チェムが私費を投じて設立した遊園地である。酔っ払った大人たちの間で、一人の子供が壊れたガラス瓶で足をケガする姿を見たことが、子供のための空間を作るきっかけとなった。
開園当初の入場料は1人当たり2,000ウォン(約230円)であった。しかし、開園してから1週間ほど経った頃、子供2人と一緒に訪れた若い夫婦が家族4人の入場料8,000ウォン(約920円)がなくてためらう姿を見た後、方針を変えたという。
イム・チェムはその家族を無料で入場させた後、入場料を一切取らないことにした。その後、ドゥリランドはしばらく無料入場を続けた。
子供に対する彼の考えは施設管理にも表れている。アトラクションの図面を自ら手で描き、柱を一つ立てる過程まで気を配り、アトラクションのネジや照明の状態も自分で直接確認した。
イム・チェムは「子供たちが自分にとってどんな存在なのか」という質問に対し「僕の人生の一部だ」と答えた。続けて「子供たちは自分に嘘をついたり飾ったりしない」と言った。
ドゥリランドは2017年10月に微細粉塵などの環境問題と屋内工事で休業した後、施設を再整備して2020年に再び開園した。
190億ウォンの負債にもかかわらず、従業員26人にマンションをプレゼント
長期間にわたり遊園地を運営する中で、イム・チェムが抱えた経済的な負担も大きかった。彼は複数の番組でドゥリランドの運営過程で累積された債務が約190億ウォン(約21億8,000万円)に達すると明らかにした。
毎月のローンの利息で約8,000万ウォン(約916万2,000円)、電気代で約3,000万ウォン(約343万6,000円)がかかると語ったこともある。長い間、無料入場を続けた上で休業後に施設を再整備したため、費用負担が増えた。
イム・チェムは巨額の負債にもかかわらずドゥリランドの運営を続ける理由について、お金を稼ぐためにやっている仕事ではなく、「ドゥリランドに来るすべての人がただ楽しんでほしいという気持ちからだ」と述べた。

負債に対する彼の考えも特別であった。彼は番組で「僕だけがチェムなのだろうか。君も債務(チェム)だ」と述べ、人は誰でも生まれた瞬間から親に借りがあるという趣旨で自分の状況を説明した。
従業員たちにした約束を守った逸話もある。イム・チェムは過去、従業員たちに「3年間働けばマンションを買ってあげる」と約束し、実際に従業員26人に18坪のマンションを一軒ずつプレゼントしたという。現在までそのマンションで生活している従業員もいると伝えられている。
俳優イム・チェムとは一体どんな人物?
1949年生まれのイム・チェムは1973年に韓国のテレビ局MBCによる公開採用のタレント第6期生として芸能界にデビューした。デビュー初期にいくつかの作品で経験を積んだ後、1980年代のドラマ『愛と真実』を通じて大きな人気を得た。その後『一つ屋根の三家族』、『田園日記』など、様々な作品に出演し大衆の愛を受けた。
特に『愛と真実』はイム・チェムが代表作として挙げる作品である。当時、ドラマの主題歌を自ら歌い、歌の実力を披露した彼は、1985年に初のアルバムをリリースし、歌手活動に領域を広げた。その後も継続的にアルバムをリリースし、演技と音楽活動を並行してきた。
2000年代以降はユーモアなイメージのCMやバラエティ番組の出演で、従来の重厚な俳優のイメージとは異なる魅力を見せ、映画『覆面ダルホ』など、スクリーンでも舞台を広げた。デビュー後50年以上の時間を経て、演技とバラエティ活動を継続的に続けている。
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