JTBCドラマ『誰だって無価値な自分と闘っている』が24日に最終回を迎えた中、映画会社代表コ・ヘジンを演じた女優カン・マルグムに対する視聴者の反応が続いている。

虚勢と劣等感で揺れる人々の中で、最後まで自らの足で現実を支え、映画界の人々を養い、励まし、再び立ち上がらせる人物コ・ヘジン。カン・マルグムは低く響く声と揺るがない視線だけで毎回視聴者の詰まった心を解消し、ドラマが終わった今も「コ・ヘジン病」を訴える反応が続いている。
ドラマの中のコ・ヘジンは映画では食べていけないと思い、一時映画界を離れたが再び戻ってきた人だ。驚くべきことにこの設定はカン・マルグムの実生活とかなり似ている。
カン・マルグムの本名はカン・スヘだ。釜山大学(プサン大学)国語国文学科を卒業し、貿易会社に6年間勤めた。女優の夢を抱いて過ごす日々が結局自分を蝕み、30歳になった2007年に退職届を出してソウル・大学路(テハンノ、韓国で演劇が盛んな地域)に上京した。
そうして始まった劇団生活は給料のない生活だった。固定収入がないので生活費は自分で稼がなければならず、カン・マルグムが選んだ仕事はKBSバラエティ『スポンジ2.0』の再現コーナーだった。最初は短く顔を出す程度だったが、演技に注目した制作陣が次回にいきなり主人公としてオファーした。

カン・マルグムはその時を振り返り「劇団ではまともな役をもらえなかったが、テレビに出られて嬉しかった」と語り、「自分が何もできない人間だと思っていたが、これはできるんだなと思った」とも言った。
その小さな確信を握りしめてオーディションの公募を探し、短編映画の現場を訪れた。1年間で短編10本を消化した。振り返れば、耐えること自体に意味を置いていた時間だった。カン・マルグムが自ら「日記に『私は失敗した』と毎日書いていた」と明かしたのもその頃だ。
そうして積み重ねた短編がついに扉を開いた。キム・チョヒ監督がカン・マルグムの短編を見て直接連絡をしてきて、2020年映画『チャンシルさんには福が多いね』で突然の失業で人生がひっくり返った映画プロデューサーを演じ、デビュー13年目にして初めて長編映画の主人公の座に立った。

その年、カン・マルグムは百想芸術大賞、青龍映画賞、釜日映画賞、野花映画賞、韓国映画評論家協会賞まで新人女優賞5つをすべて獲得した。カン・マルグムは授賞台で自らを「43歳の中高年新人」と紹介した。
実はカン・マルグムという名前は500ウォン(約53円)の芸名だ。大学時代、クラスで詩を最も上手に書いていた友達のペンネームだったが、ある日その友達がもう使わないことを知り、たった500ウォンを渡して買い取った。母音が多くポスターに刻まれたときに詰まった感じが良いと言い、本名よりも堅く強い印象があるのも理由だった。その500ウォンの名前が結局青龍映画賞のトロフィーの上に載った。

今回の『誰だって無価値な自分と闘っている』終了インタビューでカン・マルグムは自分も無価値さと闘った時期があったかという質問に率直に答えた。ドラマの中で劣等感で周囲を傷つけるファン・ドンマン(ク・ギョファン)、自分の無能を隠すために無邪気なふりをして防御するパク・ジョンミンがすべて30代の自分の姿だったと言った。

カン・マルグムは「その時は毎日が自分との戦争だった」と付け加えた。今画面で最も堅い大人を演じる女優が、実際にはそのドラマで最も揺れる人物たちと最も似た時期を過ごしたという告白だった。
一方、カン・マルグムの次回作はENAドラマ『惚れるロマンス(韓国語原題訳)』に決まった。『チャンシルさんには福が多いね』を皮切りに『イカゲーム』、『赤い袖先』、『良くも、悪くも、だって母親』、『京城クリーチャー』、『おつかれさま』、そして今回の『誰だって無価値な自分と闘っている』まで。30歳で職場を辞めて大学路に上京し、500ウォンの芸名を一つだけ持って耐えてきた女優が、今や韓国を代表する女優として地位を確立した。
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